暖簾考06 – 流麻二果

アップデート

中村

のれんは、昔からあるもので、認識としてありながら、そこを掘り下げた人はほとんどおらず、日常に溶け込んでいます。しかし、日本固有の文化だと考えています。流さんは、普遍的な日本の「色」をテーマにされていますが、改めてどの様な活動をされているのですか?

私は、“日本の色をアップデートする”というワークショップを開いたり、様々な方にインタビューした“今の日本の色”をウェブサイトで紹介したりしています。が、私の本来の軸足は油絵にありますので、色彩の専門家として研究をしているという立場ではありません。ただ、自分の作品の中で色彩を評価していただくことが自然に増えていき、色彩計画に携わる機会も増えてきました。そのとき、日本の色という話になると、みなさん伝統色のカラーチャートを広げるのですが、色彩はその土地の環境や、人々の感性によって捉え方が異なるものですので、今現在の日本の色というものもあるはず、という違和感を抱いたことが、このプロジェクトを始めたきっかけになっています。「日本の色」のウェブサイト(https://nihon-no-iro.jp)では、様々な方にインタビューして、あなたが思う日本の色を1色選んでいただいているのですが、日本の色には陰影を味方につけたり、色を重ねることで表現する文化があるので、ワークショップでは透明な色のカッティングシートを重ねて、個々の思う“日本の色”を選んで頂いています。新たにカラーチャートを作成したり、新しい日本の色を決めますというおこがましいことは思っていなくて、ただみんなで考えようと発声して、旗を振りながら、リサーチしているような状況です。

中村

のれんを製作するときにも似たような思いを感じることがあります。のれんに使う代表的な色は藍なのですが、藍でなくてはダメなのかとか、他の色を使ってはいけないんじゃないかとか。様式に囚われ過ぎていると感じるときがあります。

国立新美術館『2017年の日本の色を見つけよう』アーティストワークショップ成果展示
“Colors in Japan, 2017” Achievement of the Workshop at The National Art Center
『水 Still Water』 明鏡止水より 2018 Oil on canvas Photo by Ken Kato

藍について

中村

ワークショップで、日本の色として藍を選択する声はありましたか?

日本の色は染色から始まっているものが多いので、藍の話題が出ることはありますが、藍の専門家の方以外で日本の色として藍をあげた方は今までいなかった気がします。ただ、私にとっての“今の日本の色”は、自分の作品の中によく登場する、藍にも似た深い青です。私の絵は、薄い絵の具を何十回も重ねて色を表現するのですが、重ねきっていくと最終的に青みを帯びた深い青になるんです。澄んだ色のままで透明感を保ちつつ、たくさんの色を重ねていくと、いちばんしっくりと上手くいくのが濃い青ですね。実際に作品を見ていただくと見る角度によって赤みが見えたり青みが見えたり黄みが見えたりするんですけれど、パッと見は濃い藍色に仕上がるようなものが多いですね。

中村

すごく面白いお話ですね!対照的にポーラ美術館で開かれた個展では、これまでの作品と比べて色彩の色味が違いましたよね?

あの展覧会では、美術館のコレクションにあった、モネ、ルノワール、ゴッホの作品を1つ選んで、その中に使われている色を読み取って一層一層薄く重ねて単色の絵を制作したのですが、彼らの色は深い青にはならなかったです。また藍だけでなく、染色のものは、退色が美しいというのも大きな要素です。薄ぼけて古いものになっていくのではなくて、きちんと時間を取り込みながら経過とともに美しいものを完成させていくというか、天然の藍が後退していく色の出方って、すごく美しいじゃないですか!できたてのほやほやがいいんじゃなくて、のれんも人がたくさんくぐって仕上がっていくものだと思います。そのときに天然の染料で染めたものであれば汚れやら退色やらも美しいものとして残っていくという意味があると思います。

街に色を加える

日本の色のワークショップをしていて印象的だったのは、高校生にワークショップをしたときに、くすんだグレーの建物の色という声があったんですね。確かに、今の日本は、経年しているコンクリートの建物がたくさんあって、若者の目にはそれぞれの街の色がなくなっていき、古い建物のグレーみたいな色が映っているんだと感じました。どこの国でも無機質な建築が中心にあって、世界の都市が同じ印象になっていく中で、例えば、街の写真をいっぱい見せられて、のれんがかかっている建物が見えたら「あっこれは日本じゃない?!」ってすぐにわかるくらい、のれんは、日本であることの証となるものだと思います。また季節によって架け替えることもできるわけですし、のれんが色を街に加えていくということはとても有意義だと思います。

中村

海外の方に、のれんの意味合いをどうプレゼンテーションするのが良いかずっと考えてきましたが、街に色を加えるという視点はとてもわかりやすいですね。物質的な、直接的な色というよりも、ニュアンスや空気感という意味でも海外の空間とか街とかランドスケープに色を入れるというのを、のれんが担えるかもしれませんね。

役割を伝えることは本当に重要ですね。どうしても海外でのれんを紹介するとなると、インスタレーション的に入り口でないところにものれんをかけてみたり、そういうことが起こりがちなのかもしれないですけれど、フラッグ的に布が垂れているだけなら、欧米にも例はたくさんあるし、アーティストでも作品の中に取り込んでいる人もいるので、ただの日本の布地のプレゼンテーションになってしまいます。お店の扉があって、さらにもう1枚のれんがあって、ちょっと様子は見えるけれど、全部は見えなくて、そこからくぐっていくというプロセスを伝えることも大事ですよね。のれんをくぐるというアクションも含めて、のれんの役割を紹介しながら、そこにかつヨーロッパの街であったら石造りのペールトーンの中に色が加わりますと伝えるとわかりやすいと思います。それは、日本の色でもいいし、その場所の色でもいいわけじゃないですか。布に役割があることが、のれん独自のものだと思うので、そこがしっかりと伝わるといいですね。

流 麻二果(ナガレ マニカ)女子美術大学芸術学部絵画科洋画専攻卒。2002年文化庁新進芸術家在外研修員(アメリカ)、2004 年ポーラ美術振興財団在外研修員(アメリカ・トルコ)。
絵具を幾層にも重ねた豊かな色彩感覚の油彩画で知られる。国内外の美術館、ギャラリーでの発表多数。パブリックアート、ブランドとのコラボレーションや、舞台美術・衣装、建築空間の色彩監修など幅広く活動している。
日本の色 https://nihon-no-iro.jp
流 麻二果オフィシャルサイト http://www.manikanagare.com
中村 新1986年東京生まれ。有限会社中むら代表取締役。
大正12年から平成17年まで着物のメンテナンス等を請負っていた家業の中むらを再稼働し、平成27年よりのれん事業を開始。日本の工芸や手工業の新たな価値づくりに挑戦しており、職人やクリエイターとともにのれんをつくるディレクターとして活動。のれん事業の傍らでつくり手の商品開発や販路設計にも取り組んでいる。

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