暖簾考04 – 近衞忠大

結界という文化

中村

近衞さんは、日本文化を継承していくための様々な活動をされていますが、日本文化という広い視点から見て、のれんについてどうお考えですか?

近衞

のれんのもつ結界という概念が日本的だと思います。よく海外の人を日本の料理店にお連れすると、どこで靴を脱いでいいかわからない人が多いですよね。我々日本人は、ここが結界だから靴を脱ぐなど、なんとなく習慣でわかっていますが、結界という概念自体が日本的であり、その代表がのれんではないかと思います。のれんには、遮断しない、仕切りきらないという要素があり、曖昧なことが境界というのは日本らしいと思います。のれんを単なるかけた布と見るのか、それとも日本文化を表している結界やファサードと見るのか、見方によって価値が大きく変わります。

中村

そうですね。「暖簾」という言葉のルーツは、中国で禅宗が風を防ぐ為の布の暖( ノン・ナン) 簾(レン) からきていますが、「暖簾」という名称が定着する以前から日本ではのれんが用いられていて、中国とは性質が違い、結界という意味合いが強かったと感じます。近衞さんは、スイスで生活された経験が長いですが、ヨーロッパの建築の中にのれんが入っていける余地があると思いますか?

近衞

海外の建築は、様式ありきなので、その中に入っていくというのは難しいけれど、一方でのれんは何の邪魔もしないものです。以前、ミラノ市内で日本文化を紹介するイベントで、宮殿として造られたイタリア建築の入り口にのれんをかけましたよね。目の高さまで布を垂らすと、おそらく海外の人には抵抗があると思ったので、少し高い位置でおさまる形にして、まずは「これってなに?」というふうに気づいてもらおうと考えました。のれんの様式は、それほど守ってないですけれど、「日本にはこういうものがあって…」という説明のタネにしようと思ったのです。

中村

なるほど、のれんの裾が、波のように曲線を描くエッジの処理をすることで四角から脱却すると、いい意味でのれんらしさが消えますね!

近衞

日本の建築には曲線が少ないので、このようなのれんは作られてこなかったのかもしれません。ちなみに、建物に入ってすぐのところに、塩を使って絵を描く日本人アーティストの作品を展示しました。日本では、のれんと同じく塩も結界を示すサインの1つです。こういう形で提案することで、日本文化って面白いと思ってくれる人が増えたら嬉しいですし、日本を訪れた時に「あの時の、のれんや塩とはこういうことだったのか」という気づきにつながるのかなと思います。

中村

のれんは、生活に身近なもので、海外の人にとってもそこまでわかりにくいものではないと感じます。日本の結界文化への入り口として、海外の方にのれんの意味を伝えていくことは大切だと思います。

文化のアップデート

中村

ミラノの他にも、日本の文化をアップデートするという視点で取り組まれた事例があれば教えてください。

近衞

例えば、九谷焼の作家さんと「The Glaze」というイベントを新宿伊勢丹のザ・ステージで開催しました。普段はファッションブランドがイベントをやっている場所です。「Glaze」とは釉薬のことですが、敢えて九谷焼という名前を出さなかった理由は、伝統工芸をアップデートするという思いがあったからです。内容を少し紹介しますと、九谷焼の作家で中村元風という先生がいらっしゃって、その先生は、もとは理科の研究者だったのですが、伝統工芸の世界に入られたときに、先代、先々代がやってきたことをひたすら続けることに疑問を感じ、それがベストなのか、他に方法がないのか、科学的に証明することで、伝統を超えようと思われたんです。

中村

まさに九谷焼のアップデートですね。伝統工芸とは思えないです!でも、眺めていて、どこか安心感があるのは、脈々と受け継がれてきた九谷焼の伝統に基づいているからなのでしょうね。アップデートという点では、のれんも江戸時代に大きく進化・普及して以降、大きな進化はなく、何のためにあるのか、どういう意味合いを持つのかということが形骸化しつつあります。日頃、のれんのアップデートを考え続けている中で、全く新しい要素をくわえるということも1つの考え方ですが、改めて掘り下げて、煤を拭ってあげて、ちゃんと見ることがとても大切だと感じています。

近衞

文化をアップデートしていく上で考えなければいけないのは、変化の速度だと思います。お能や伝統工芸などは、アップデートのサイクルが遅くなりがちで、変化させていくさじ加減が難しい。でも、のれんは、庶民から始まった文化であり、意味合いが再発見されればアップデートのスピードはすごく早くていいと思います。個人の感覚として、のれんのアップデートを考えるとすれば、あの独特のざらっとした風合いや、適度な重さ、適度な質感が残っていないといけないような気がします。でも、それをカーボンキュプラでやっちゃダメとは思わない。仮にああいう質感が出せるなら、すごくいいですね。昔、のれんは麻で作られていたのが、新素材へと変わっていって、しかも環境に優しくて… 、ストーリーが続いていくことが面白いと思います。

中村

そうですね。ちょっとした発想の転換で面白い使い方ができますよね。のれん1つとっても、掘り下げればいろいろなストーリーがあるわけで、それが伝統への新しい気づきであったり、文化をアップデートするモデルとして提案できればいいと思っています。

のれんは、自然との境界でもある

近衞

私自身の土俵は、クリエイティブにあって、その中で自分にしかできないことを考えた時に、自分自身の背景、家の歴史的背景をわかった上で何かをクリエイトしていこうと考えてきました。結果的にデザインと日本文化の伝統という、現在は遠いところにあるこの2つをどうやって融合させていくかに取り組んでいます。今、世界中がつながり、文化の交流が行われる中で、そこにはやっぱり軋轢や摩擦も起きてくると思っています。文化の違いによって双方の情報がうまく伝わらないとき、クリエイティブがその橋渡しをすることで、お互いの文化を理解することが可能になると思います。

中村

まさにのれんもそういうところが悩みです。海外の方に、のれんの意味合いがわかりやすく伝わる言葉を探すべきかどうか。私自身は、そのまま“ Noren” という言葉で説明していこうと考えています。

近衞

Noren の横につけるサブタイトルをどうするかが大切だと思います。例えば、きっちり仕切らない日本独自の境界線を示すNo Boundaryということばもその1つです。例えば、お茶の世界は、そこら中に境界線があって、その1つひとつの境界線と人間関係の境界線を読み解いてたどっていくものです。でも、その境界線を読み解くには、お茶が意味する精神性を深く理解することが求められ、海外の方にはとても難しいと思います。海外には、日本のような曖昧な境界はなく、日本に存在するさまざまな境界を感じていただくには、のれんはとてもわかりやすいですね。そもそも日本人は、自然との境界線がないと感じませんか。日本人の自然との距離感を海外の方に説明するのはとても難しいけれど、のれんは間違いなくそれを表していると思います。

中村

日本の文化や精神性など、海外の方に上手く説明できないものものれんを通して説明していくことができるかもしれません。そこをくぐれば、その先に日本の文化が見えてくるという伝え方はとても面白いと思いました。

近衞 忠大(コノエ タダヒロ)株式会社curioswitch 代表取締役 宮中歌会始 講師(こうじ)映像、イベント、ブランディング、デザインなど切り口を選ばずクリエイティブな企画やアイディアを提案する。「日本の文化をクリエイティブに世界と結びつける」を信条としている。
武蔵野美術大学・映像学科卒業後、テレビやイベントの制作現場を経験。番組、プロモーションビデオ、ファッションブランドの大型イベントなどの制作を経験。語学力をかわれ、外資ファッションブランドのイベントなど、多くの国際的なプロジェクトに携わる。株式会社cyrioswich https://www.curioswitch.com/
中村 新1986年東京生まれ。有限会社中むら代表取締役。
大正12年から平成17年まで着物のメンテナンス等を請負っていた家業の中むらを再稼働し、平成27年よりのれん事業を開始。日本の工芸や手工業の新たな価値づくりに挑戦しており、職人やクリエイターとともにのれんをつくるディレクターとして活動。のれん事業の傍らでつくり手の商品開発や販路設計にも取り組んでいる。

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